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note掲載2026.11.01

日本が世界に誇る産業を、テクノロジーで支える 共同創業者・大石 澪弥が語る、Noahlogy の組織文化とは

日本が世界に誇る産業を、テクノロジーで支える 共同創業者・大石 澪弥が語る、Noahlogy の組織文化とは

日本の海事産業は、世界を相手に戦い続けてきた。その産業を、テクノロジー・AIのチカラで世界NO.1の産業へと押し上げる。それが Noahlogy の目指すところだ。

それを実現するチームの形は、一般的なソフトウェア企業とはかなり違う。エンジニア組織を束ねる共同創業者・大石 澪弥に、Noahlogy の組織文化について聞いた。

世界一の産業に、まだテクノロジーが届いていない

日本の海事・造船業は、世界の中で確かな地位を持っている。品質でも技術でも評価され、いまも海外から船が発注され続けている。日本の製造業の中で、世界を相手に堂々と勝負できている数少ない領域の一つだ。

一方で、この産業のソフトウェア化はこれから始まるところである。図面を扱う工程にも、調達にも、設計の上流にも、テクノロジーで持ち上げられる余地が大きく残っている。

「日本の基幹産業を、テクノロジーで押し上げ、世界No.1にする。それを自分たちの世代でやりたいんです」

大石が見ているのは、その先で働く人たちだ。出身は長崎の工業高校。同級生の多くは社会インフラを支えるメーカーへ進み、地元の造船所に就職した友人もいる。

「多くの人の雇用を支えられるって、すごく大きな社会的価値だと思うんです。ハングリーに売上を立てて、それが回り回って社員が家庭をもったり、マイホームを買ったり、子どもを育てたりする。そこに高い価値を感じます」

同級生たちの明日の仕事が、少しでも良いものになること。10年後、20年後に彼らが家を建て、子どもを育てられること。Noahlogy の組織文化は、すべてこの「いい未来を作る」という目的から逆算されている。

コードを書く前に、造船所へ行く

Noahlogy のエンジニアは、顧客の現場に出る。大石自身も週に2度は出張しており、出張経験のないエンジニアはほぼいない。

「エンジニアは顧客の現場で半常駐させていただき、業務を徹底的に理解させて、理解したエンジニアにシステムを作らせる。その考え方に近いです」

技術者同士で議論して答えが出ないとき、彼らはこう言い合う。来週、出張に行こう。直接聞こう。聞いて分からなければ、自分たちで観察してしまおう。
現場に足を運ぶ理由は、仕様を受け取るためではない。この産業には、書類に書かれていない知恵が大量に蓄積されている。それを引き出せるのは、その場にいる人間だけだ。

「義理と人情の世界なんですよ。契約書面よりも、人と人との約束のほうが重い」

Noahlogyの顧客企業のある社長は、毎朝2時間現場を見てから自分の仕事に取りかかるのだという。
「そのくらいこの仕事に誇りを持っている人のためにやっているから、もっと頑張ろう、と思えるんです」

顧客の言う通りには、作らない

現場に深く入るからといって、言われたものをそのまま作るわけではない。判断軸は一貫している。

「顧客です。顧客で考える。ただし顧客の言う通りに全部やるという意味ではなくて、顧客を理解しまくろう、ということです」

理解が深いからこそ、提案は踏み込んだものになる。この業務は、そもそも不要にできるのではないか。これは1つの操作で完結させられるのではないか。
「顧客のためを本気で思うと、作らないという選択肢も出てくるんですよ」
何を作るかを自分で決められる。それは、エンジニアにとって最も大きな裁量だ。そしてその裁量は、現場を理解している人間にしか与えられない。

作ってから文句を言うのは、反則

議論の作法は明快だ。
「作ってから文句を言うのは反則なんで、作る前に言い合いましょう、と。もちろん建設的な議論ですけど、根っこはパッションですね。『あの人が本当に困っているのはこれなんですよ、これがないと意味ないんですよ』と言えるくらい業務を理解していることが重要なんです」

この議論が成立するのは、全員が現場を見ているからだ。誰もが顧客の顔を思い浮かべながら話せるから、意見がぶつかっても最後は同じ方向を向く。
役職や社歴ではなく、顧客理解の深さが発言の重みになる。それがNoahlogyの風通しの良さを実現している。

大石によれば、この会社のエンジニアには共通する原体験があるという。先生を楽にするために Excel のマクロを作った。母親を喜ばせたくてゲームを作った。
「人を喜ばせるために技術を使う。手段ではなく目的にこだわる。うちのエンジニアは、そういう思想でできています」

立場が、人を育てる

新しく入ったメンバーには、初日から顧客との接点を持ってもらう。打ち合わせに同席し、直接やり取りをし、自分の頭で考える。そこには明確な意図がある。

「立場が人を育てると思っているんです。僕が間に入りすぎると、僕の言った通りにやることが正解になってしまう。でも僕も間違えるので、それだと誰も責任を持てなくなる」

任せきりにするわけではない。難所に来たときは、チーム全体で全力で支える。任せることと支えることを、セットで設計している。
その考え方が形になった例が、いまの組織にある。今年ジョインしたエンジニアの1人は、当初、大石が方針を示し、本人が実装する形でも十分な成果を出していた。それでも大石は、その力はこんなものではないと考え、クライアントとの打ち合わせにすべて同席させた。

変化は、言葉に表れた。
「あの人とあの人のこの業務、同じではないですか。このボタン、本当に必要ですか」

やがて本人は、大石に「その処理を1秒速くするより、こちらを優先すべきではないですか」と率直な意見を伝えるようになる。

「僕はバックエンドとハードウェア寄りなので、システムのことを深く考えます。彼はフレッシュに顧客の使いやすさを探求する。意見してきた瞬間に、組織としての健全な成長だなと思いましたね」

エンジニアの一言で、経営判断が変わる

もう一人、大石が挙げたのが、最初の正社員として入社したエンジニアだ。コードを書くだけでなく、顧客先に1、2か月張り付き、図面をすべて読めるようになって帰ってくる。クライアントと一緒に休日に山にも登る。
大石も、共同創業者の福重も、すべての現場に行けるわけではない。だからこそ、現場を持つメンバーの判断を信頼して意思決定することがあるという。

あの人がそこまで言うならやりましょう。そういう場面は、決して珍しくないという。
創業者が、メンバーの声で判断を変える。エンジニアの熱量が経営の意思決定に直接届く。この距離感も、いまのNoahlogyの文化の一部だ。

図面レビューは、入り口にすぎない

その文化が、何に向けられているのか。現在もっとも進んでいるのは、造船会社との詳細設計レビュー機能だ。図面のチェックを98%の精度で行えることを実証段階で確認し、いまは実運用に載せるフェーズに入っている。
ただし大石は、これを最終形とは考えていない。

「僕らは今、造船にフォーカスしています。でもフィールドはずっと海事産業だと言い続けている。この産業全体をテクノロジーのチカラで支えるために、まず造船から入っているんです」

図面のレビューができれば、そこから調達につながる。図面の検査という業務は造船以外にも存在する。さらに上流には、船の長さや重量、復元性を算定する基本設計の工程がある。

「ただ図面レビューの AI を作っている会社ではなくて、船のことなら何でも分かる AI であり、その基盤なんです」

射程が広いぶん、技術的な難度も高い。プロダクトが預かる顧客データも膨大だ。

「整合性を保ちながらマイグレーションして、その上で新機能をバンバン作っていく。攻めと守りの両方が問われるし、攻め方も凄まじくないといけない。そんな贅沢言うなよ、というくらい難しいことをやります。でも、それがちゃんと産業を支えることになる」

AI時代に、エンジニアに残るもの

この働き方は、いまの時代と噛み合っている。
仕様が決まったコードを書く作業は、AI が担える範囲がどんどん広がっている。一方で、造船所の現場に立ち、ベテランの設計者と信頼関係を結び、本人も言語化できていない困りごとを引き出してくる。この部分は、まだ人にしかできない。
Noahlogy のエンジニアに求められるのは、技術力と、人と向き合う力の両方だ。オフィスでコードだけを書いていればいい仕事ではない。それは負荷と感じる人もいると思うが、同時に、AI が普及していく時代にエンジニアが価値を持ち続けるための道でもある。
現場を理解し、何を作るべきかを自分で決め、それを自分の手で形にする。この一連を丸ごと任される環境は、多くはない。

こうした文化がどこから来たのかを辿ると、創業前の大石と福重の朝のミーティングにたどり着く。
大石と福重の出会いは、渡米する飛行機の中だった。海外の大学の短期プログラムに参加した大石は、隣の席に座った福重と、往路から現地での3週間、ひたすら喋り倒すことになる。

「当時自分にすごく自信を持っていたので、俺より頭が良くて、俺よりできて、俺より経験があると衝撃を受けました(笑)」

帰国後、声をかけたのは大石のほうからだった。起業する前から、福重の始業30分前に毎朝ミーティングを設定し、二人で市場を調べ尽くした。

「綺麗に言えば一心同体ですね。覚悟の決め方がお互いそうなんです」

遠慮のない議論を毎朝続けてきた二人が、そのまま組織をつくった。作る前に議論しきる文化も、現場に足を運ぶ習慣も、起点はここにある。
大石の曽祖父は船の設計者だった。祖父の代も造船関連の仕事を請けていた。彼がそれを知ったのは、造船をやると家族に告げたあとのことだったという。

最初の10人になりませんか

最後に、スタートアップへ踏み出そうとしている人に伝えたいことを聞いた。大石が挙げたのは、この言葉だった。

「のちに誰もが知ることになる会社が、まだ立ち上がったばかりだった頃。その最初の10人のエンジニアになってみませんか」と。

世界に誇れる産業が、テクノロジーを待っている。そこに、一から任せてくれるチームがある。
あなたが理解した現場の課題が、あなたの書いたコードになり、やがて海の上を進む船になる。その距離の近さは、この会社にしかない。